神奈川県のWEB3構想と「イノベーション人材育成」としてのNFT活用

神奈川県では2024年に「WEB3を活用した行動変容促進に関する実証事業」として3つの領域でNFTを活用した実証実験を行っています。

この記事では神奈川県としてWEB3を活用した実証事業を実施した背景、そしてテーマの1つである「イノベーション人材の育成」としてかながわサイエンスサマーでのNFTスタンプラリーに関して、神奈川県いのち・未来戦略本部室の穂積さん、山田さんにお話を伺いました。

インタビューは2部構成となっていますので、後編も併せてご覧ください。
後編:『ボランティア参加証明書NFTを全国の先駆けとして実施する神奈川県のWEB3行動変容実証事業

目次

WEB3活用のきっかけは「内発的動機」の可視化

ーーー(編集部)本日はよろしくお願いします。まずは神奈川県でのWEB3を活用した事業に関しての概要を教えてください

神奈川県 穂積さん

よろしくお願いします。
神奈川県では、個人の行動変容を促す新しい手段として、WEB3技術、特にNFTの活用に取り組んでいます。これまで見えにくかった「思いやり」「達成」「共感」といった内発的な動機を、NFTを使って可視化することで、地域の課題解決につなげたいと考えています。

神奈川県 穂積さん

具体的には、3つの分野で実証事業を進めています。

1つ目は、環境活動に関する取り組みです。
ボランティア活動など、人々の「思いやり」をNFTとして形に残し、環境活動への参加を広げていくことを目指しています。

2つ目は、人材育成に関する事業です。
子どもたちの「経験」をNFTで記録し、それをきっかけに興味を深めたり、継続的な参加につなげることを目指しています。

3つ目は、観光振興に関するプロジェクトです。
地域の観光資源に新たな魅力を加え、NFTを通じてその価値を発信していこうとしています。

神奈川県 穂積さん

これらの取り組みを通じて、NFTを活用した新しい仕組みが、生活者の行動や地域課題にどのような影響を与えるのかを検証しています。そして、この技術を行政施策としてどのように活かせるかを模索しているところです。この3つの分野の中でも特に環境活動」と「人材育成」に関しては神奈川県が先駆けとなる取り組みを行っているのでご紹介できればと思っています。

ーーー(編集部)県の仕様書には、NFTは「これまで見えにくかった内発的動機である承認、達成、共感等の価値を可視化させるツールとしての働きが期待」とありますが、どのような観点からこのような考えを持たれるようになったのでしょうか。

神奈川県 穂積さん

日本の社会や教育の現状を見ていると、受動的に教わることには非常に長けている一方で、積極的に自ら考え行動する力が課題として浮かび上がります。たとえば、OECDの学習到達度調査では、日本の子どもたちは数学や科学でトップクラスの順位を示している一方で、学校が休校になった際に「自主的に学習できるか」という質問では37ヶ国中34位という結果が出ています。このように、「教えられること」には適応できても、「自ら考えて動く力」が育まれていない現状が見えてきます。

神奈川県 穂積さん

その背景には、「学ぶ目的」や「行動の理由」を自分の言葉で明確に持つことができていない点があるのではないかと感じています。私たちが模索してきたのは、これまでの成績や偏差値といった数値で評価できる軸だけではなく、経験や思いやり、共感といったこれまで「見えにくかった価値」を可視化する新たな評価軸をつくることでした。

ーーー(編集部)新しい評価軸を模索する中で、どのようなきっかけや出会いがあったのでしょうか?

神奈川県 穂積さん

2年ほど前に伊藤譲一先生が神奈川県庁で行った講義で、「WEB3という技術によって今まで見えていなかった価値を可視化することができる」という言葉に出会い、それが自分の考えと一致しました。この言葉がきっかけとなり、これまで模索していた課題の点と点がつながった感覚を得たのです。

社会を変えていくには、大きなエネルギーが必要であり、変化には失敗を恐れる風潮もあります。しかし、これまで見えなかった価値を可視化し、新しい軸を社会に浸透させることで、子どもたちが自ら考え行動できる力を持ち、さらに変化を起こす人材を育てていけると信じています。それがNFTを活用する意義だと考えています。

ーーー(編集部)今回の実証実験を通して実現したことをおおまかに教えて下さい

神奈川県 穂積さん

今回の実証実験では株式会社デジタルガレージさんに委託事業として全面的にサポートしていただいています。

詳細に関してはそれぞれの担当者から回答させていただきますが、簡潔に説明させていただくと

・人材育成プロジェクトでは、参加者の行動変容を促すことができました。
・環境プロジェクトでは、ボランティア参加者は「活動」以外にも証明できるものがほしいということが明確にわかりました
観光に関してはこれから実証予定です。

ーーー(編集部)ありがとうございます。それでは続いて、「人材育成」での取り組みに関して詳細をおききしていきます。

県内の科学館と協力しデジタルスタンプラリーを実施

ーーー(編集部)まずは「かながわサイエンスサマー」での取り組みについて教えてください

神奈川県 山田さん

神奈川県では、行動変容をテーマにした3つの実証プロジェクトの一つとして、「人材育成」に取り組んでいます。その具体的な取り組みの一環として、毎年開催している科学技術イベント「かながわサイエンスサマー」と連携し、NFTを活用したデジタルスタンプラリーを実施しました。本プロジェクトは、令和6年8月1日(木曜日)から10月15日(火曜日)までの期間で実施いたしました。

神奈川県 山田さん

このデジタルスタンプラリーは県内にある以下の3つの科学館を対象施設としました。
三菱みなとみらい技術館
はまぎん こども宇宙科学館
Mulabo!

参加者は、これらの施設を巡りNFTを獲得することができます。NFTの取得は、各施設で提示されるQRコードをスマートフォンで読み取るだけで簡単に行える仕組みです。

また、3施設すべてを巡りスタンプ(NFT)をコンプリートした参加者には、理化学研究所横浜事業所での特別プログラムに抽選で参加できる特典を用意しました。

実際に獲得可能なNFT

ーーー(編集部)今回「イノベーション人材の育成」というテーマで実証を行った背景を教えてください。

神奈川県 山田さん

神奈川県としては、従来の評価軸である成績や資格といった数値的な指標は、子どもたちの努力や成果を正当に評価する上で重要だと考えています。その一方で、「共感」「思いやり」「経験」といった価値は、これまで評価や可視化が難しい領域でした。

神奈川県 山田さん

しかし、これらを可視化することが、これからの社会で非常に重要な役割を果たすと感じています。 今回の実証では、NFTをそうした価値を「見える化」するためのツールとして活用できるのではないかという仮説のもと、取り組みを進めました。

NFTによって子どもたちの科学技術への興味や体験を記録・蓄積することで、個々の経験が新たな価値として共有され、それがさらなる価値の連鎖を生む社会の実現を目指しています。

ーーー(編集部)続いてNFT取得状況や反響について教えてください。

神奈川県 山田さん

今回のプロジェクトでは、合計で250個以上のNFTが取得されました。そのうち3施設すべてのNFTをコンプリートした参加者は30名で、その全員が理化学研究所の特別プログラムに応募しています。
特に、子どもたちだけでなく親世代にも科学技術への関心を持っていただけたことは、大きな成果だと感じています。

ーーー(編集部)NFTをコンプリートしたほとんどすべての人が応募しているのですね!続いてこの企画を推進するにあたって苦労した点を教えてください

神奈川県 山田さん

一番の課題は、協力施設である科学館への説明でした。NFTという言葉自体がまだ馴染みのない技術だったため、その仕組みや意義を一から説明する必要がありました。

また、イベント期間初期はデジタルスタンプラリーの認知度が低かったため、急遽ポスターの配置を見直したり、職員が館内でチラシを配布するなど、認知向上に向けた対応を行いました。

神奈川県 山田さん

さらに、NFTの取得は親御さんが操作するケースが多く、特に勉強熱心な親御さんからは好評でしたが、ウォレットのダウンロードや操作サポートには時間と手間がかかりました。

これらの課題に対して、現場での対応を柔軟に行いながら進めることで、最終的には無事にプロジェクトを完了させることができました。

ーーー(編集部)今回の実証事業を踏まえて、今後の展望を教えてください。

神奈川県 山田さん

今回の取り組みで得られた成果や課題を基に、さらに科学技術に親しむ子どもたちを増やしていきたいと考えています。特に、NFTを活用した体験の「見える化」は、学びを記録し、次世代のイノベーション人材を育成する新しい手法として可能性を感じています

今後は、神奈川県内だけでなく、他の地域や分野にもこの仕組みを展開し、行動変容を促すプロジェクトを全国規模で進めていきたいと思っています。子どもたちが科学技術に興味を持ち、それが社会全体の未来を支える力になることを期待しています。

実証を通した神奈川県のWEB3構想

ーーー(編集部)実証自体はまだ途中経過だと思いますが、神奈川県の今後のWEB3構想について教えてください。

神奈川県 穂積さん

WEB3技術は、あくまで「道具」であり、私たちの目指す社会を実現するための手段の一つです。NFTもその一つのツールとして位置付けており、今回の実証事業は、これをどのように活用できるかを探る出発点に過ぎません。このモデルを神奈川県から全国に普及させ、誰もがNFTを活用できる社会を作っていきたいと考えています。

神奈川県 穂積さん

私たちが実現したいのは、「人のためになにかをすることが楽しい」と感じられる社会です。たとえば、家族の幸せから地域社会へと視点を広げ、さらにはデジタル社会を通じて地域間の格差を是正していく。そのプロセスの中で、目指す方向が同じ仲間たちと協力して進むことが重要だと考えています。まさに同じ船に乗る仲間として、このプロジェクトを進めています。

神奈川県 穂積さん

今後も、新たな技術が出てくるたびにそれを柔軟に取り入れ、地域や社会全体の課題解決に向けた取り組みを続けていきたいと思っています。

ーーー(編集部)ありがとうございます!引き続きよろしくお願いいたします。


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